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いつも元気なコーチです。

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別室に、更衣室・シャワールームも完備してます。シャワーは1回110円(税込)です。

新着情報

2026.02.23

私が言った一言を軽く受け取めないでくれ。

私が言った一言を軽く受け取めないでくれ。

これはタクローにも常に言っていた言葉です。

ヤッチが思ってる以上にいろいろな背景から言っている一言だぞ?

というところから、ヤッチの練習の毎ラウンドにヤッチからアドバイスを必ず求めさせている理由。


量か質という問題は水泳時代もボクシングもコーチの間では努力や結果を語る上で高頻度に持ち出される議論ですが、それを「どちらかで判断」するうちは序の口であると考えています。

まず、量だという人は反復や経験の蓄積だけによって進化すると考えていますが、そこに思考や改善という質を上げるための何かが無ければ日々レベルの低い毎日の繰り返しになります。

これは例えば、散歩を毎日20キロしたからと言って10キロを走るのが楽に感じるということではないよね?ということで、量をこなしてはいるけど質が低い状態です。

逆に質を掲げる人は効率や完成度を求めますが、絶対量が不足すれば理想論だけが先行し、現実との乖離が生まれてしまいます。

これも、例えば、100M走をどれだけ質を上げて5本やったとしても、全体量がそれだけであれば、質は高いかもしれないけど10キロは走れないよねという状態です。

簡単に言えば??

量の人は四の五の言って質をやってないよね?

質の人は四の五の言って量をやってないよね?

というだけの話だからです。

それを○○論といくら言ったところで、両方やった人からすれば→「何言ったってお前はどっちかしかないじゃん?」レベルのヨワヨワ論になってしまうのですよ。

このように量と質というのは対立して議論されるものではなく、相互関係にあるわけですので→「どちらかで判断」してるうちは→どちらも小粒論ってことです。

練習とは?それが心肺的な限界値なのか、スキル的な成長値なのか?何かしらどこかしらのテーマがある中で昨日より今日ということを目指している訳なので、どれも同時進行で統合するのかが大事になってきますよねという話です。

反復運動とか質とかそういうことではなく、どちらも必要に応じて量と質の往復運動なんですよ。


私がヤッチとしたい練習は「試合を上から目線で見れるようになるための下から目線の練習を上から目線でやる」

ということです。

ボクシングの試合は12Rやっても36分なんだから、それ以上にやっても意味が無いみたいな論は確かにあります。

これって結果を出している人から言えば、一理あると誤解されがちな言葉ですし…ダルビッシュが走り込みによる体力強化は無意味と言い切っていることで一気に広がった論争です。

ただ、ダルビッシュは静止した状態から投げるという、走り込みの要素からかけ離れた競技ですのでね。

なぜ、それが浸透してしまうんだ?あー走らない言い訳にしたいのね?という話に過ぎないのです。

私はこの36分しかないからそれ以上やっても意味が無いという→この理論は確実に間違っていると思っていますのよ。

仮に12Rでも36分しか無いというのならば??

36分って市民ランナーでまぁまぁ速い人が10キロを走るタイムですのでね。

最低それくらいで走ってから言えよ?なんならアスリートなんだからそれより速くなってから言えよって話なんですね。

さらに、ボクシングは凪の部分もあれば、ラッシュの部分もあり→全心拍帯の運動が繰り返されますので、そこに対する準備は絶対に必要なのですよ。

やりすぎなんてのも、その発想自体、なにかの範疇で言っているに過ぎないのです。


(話はややこしいですがここでは「走ること」の肯定をしているのではなく、あくまでも量と質の話をしています。私は代替運動ならなんでも良いと思っていますので)


当時のヤッチには何を言ってもダメだなと思いましたし、あまりにも独りよがりで誰にも相手にされなくなる&私がダメ押しをしたら潰れると思ってましたので→なんとかヤッチを肯定してあげようと、その論を肯定する記事も書きましたが、、、スタミナは要らないという一言は絶対に言わなかった理由と代替案は必ずやれと言っていた理由はそこにあります。

小出監督は、42キロの試合に選手を出すために月間1500キロ走らせたそうです。

1500キロ÷30日=50キロ

週一回は休みなのですから、一日平均約60キロは走っているんです。

多い時で80キロを走ったとかね。

単純に、試合で40キロを2時間で走るわけですから、W-アップ・クールダウン・ペース・休憩時間を含めれば5~6時間はやっているんですよ。

ここでもし、2時間しか走らないから2時間以上&40キロ以上走っても意味が無いと言ったら???

そんな単純なものだと認識しているのか?お前正気で言ってんの?という話なんですね。


ですから、36分なんだからそれ以上やっても意味が無いというのは確実に違うのですよ。


40キロの試合のために50倍の距離を走るんですよ??

その人の月間走行距離から見れば50分の1の距離ですし、試合なんて一日平均60キロで20キロも少ないのが試合なんですから、試合を上から目線で見れるますでしょ??

でも??練習は自分が一番弱い!このままでは勝てない!と思うから、世界一キツイ練習に臨む。

だーけーど??そこで、自分なら出来る!!!やってやるよこんくれぇ!!と上から目線でこなす。

私がヤッチとしたい練習は「試合を上から目線で見れるようになるための下から目線の練習を上から目線でやる」

こういうことです。


以上のことを組み合わせると、まず練習ではR数・秒数・回数という量をしっかりと担保するようになります。

その中で動き方・スピード・強度・心拍数などの実質的身体への負荷などの条件を加えて質を担保します。

これをやると思考が回らなくなっていき、単なる量になりがちになりますので→毎Rアドバイスを求めて「考える瞬間を作ることで質を保つ担保をする」ということです。

ですから、一言アドバイスを必ず求めろ!なのですね。

たーだ、俺の言うことを聞かせるためにとかそんな次元の話じゃないんだぞということを理解してくれってことです。